社会保険労務士、渋谷で開業しています
こんにちは、高山英哲です。
2026年は2月4回目の投稿です。今回ももワクワクします。。
建設業界の労災保険運用において、経営の根幹を揺るがす事態が発生しています。
これまで「現場の労災さえ入っていれば大丈夫」と信じて疑わなかった多くの経営者にとって、常識を覆す激震が走りました。
今回にブログでは、建設業専門の特定社会保険労務士として、会計検査院の指摘を端緒とする新たな行政指導の裏側と、企業が直面する未曾有の経営リスク、そして実務的な対策について戦略的に解説いたします。
第1章:なぜ今、建設業の労災保険料が厳格化しているのか?チェックを強めている理由
今、建設業界で何が起きているのか。その発端は令和7年9月23日付の朝日新聞および日本経済新聞の報道です。
会計検査院の調査により、全国47すべての労働局において「労災保険料の徴収漏れ」があったという、衝撃的な事実が白日の下に晒されました。
その規模は807業者、合計約5,771万円。注目すべきは、これが単なる企業のミスではなく、「すべての労働局が誤った周知をしていた」という行政側の瑕疵に起因する点です。
この事態を受け、本省から各労働局に対し、建設業における労災保険の適正な取扱いを厳格に指導するよう命じたのです。
厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署リーフレット:建設業の事業主の皆さまへ
【経営者が直面する「So What?(だから何なのか)」】
ここで経営者が最も警戒すべきは、「行政側の説明が間違っていたのなら、自社に責任はない」という理屈が通用しないことです。
行政は今後、会計検査院の指摘に基づき、過去に遡って保険料を徴収する「遡及徴収」を本格化させます。
行政の不手際があったとしても、最終的に保険料の納付義務、そして未手続き中に発生した事故への賠償責任を負うのは事業主です。
もはや「知らなかった」では済まされない、コンプライアンスのフェーズが変わったことを正しく認識しなければなりません

第2章:「現場」と「事務所」は別物:二つの労災保険の構造的理解
建設業の労災保険は、他業種とは一線を画す「二階建て構造」になっています。
この構造を正しく理解していないことが、今回の申告漏れの根本原因です。専門用語を交えて整理しましょう。
・労災保険の二つの適用単位
区分 | 労働保険番号の末尾 | 主な対象業務 | 適用単位 |
|---|---|---|---|
有期事業(現場) | 末尾 5 | 建築・土木等の工事現場そのもの、または元請工事に直接付随する作業。 | 工事現場ごと、または一括有期事業 |
継続事業(事務所等) | 末尾 6 | 特定の現場に紐付かない事務、営業、倉庫整理、自社施設のメンテ等。 | 本社・支店・営業所等の事務所 |
・専門家が指摘する「末尾6」の落とし穴
建設業の多くは、工事現場をカバーする「末尾5」の番号で保険料を申告しています。
しかし、今回の指摘の核心は、「事務所や土場(資材置き場)での業務をカバーする『末尾6(事務所等労災)』の成立届が漏れている」という点です。
現場作業員であっても、雨天時に倉庫で重機を整備したり、事務所で日報を書いたりする時間は「末尾6」の保険関係に属します。
この「二重の成立」を看過している現状が、会計検査院によって厳しく指弾されたのです。
第3章:「特定の工事現場に付随しない業務」の正体と具体例
「うちは事務員を雇っていないから事務所労災は不要だ」という判断は、経営リスクを放置する極めて危険な誤解です。
・現場作業員が「落とし穴」に嵌まる具体例
以下の業務に従事する見込みが「年に数回」でもあるならば、事務所等労災(末尾6)の成立が必須となります。
2. 見積作成のための現場確認: 受注が確定し、工事として成立する前段階での現場調査や取引先訪問。
3. 非事業目的の突発的業務: 自社施設内や近隣公道の除雪、防災対策、災害復旧作業。
4. 自社施設の修繕: 自社ビルや倉庫の外壁塗装など、工期を定めず他業務の合間に行う補修作業。
5. 営業・経理・事務: 専任の事務職だけでなく、現場監督が行う書類作成や取引先への営業活動。
特に「除雪作業」の区分は専門的な判断が求められます。
自治体と契約して行う除雪は「事業(有期事業)」ですが、自社の駐車場や隣接する道路を緊急的に除雪する作業は「事務所等労災」に該当します。この微細な差が、事故時の補償の成否を分けるのです。
第4章:実務上の最難関:賃金の「推算」とエビデンスの残し方
・行政が認める「合理的な推算」の3ステップ
厳密な区分資料がない場合、以下の手順で「推算」することが認められています。
• Step 1:日数・時間数による按分日報やスケジュール表に基づき、事務所等業務に従事した時間を算出し、日割・時間割で賃金総額を計算します。
• Step 2:一定割合による算定実態に基づき、賃金の一定割合を「事務所等業務分」として支給している事実があれば、その額を基礎とすることも可能です。
• Step 3:合理性の確保事業主の申述に「不合理な点がない」と判断されれば、その推算は妥当とされます。
・経営者が忘れてはならない「賞与(ボーナス)」と「製造業」の罠
按分の対象は基本給だけではありません。賞与についても、当該期間の事務所等業務の従事比率に応じて按分計算を行う必要があります。
1. 賞与は保険料算定基礎に含まれる
事務所等労災(継続事業)の保険料を算出するための「賃金総額」には、毎月の給与だけでなく、賞与や交通費もすべて含める必要があります。
2. 按分計算の考え方
現場作業と事務所等業務(特定の工事現場に付随しない業務)を兼務している労働者の場合、賞与についてもその業務実態に応じて分ける必要があります。
• 基本原則: 当該業務に従事した時間や日数に基づき、事業場の賃金(賞与)規定等に従って算定します。
• 按分計算の許容: 賞与規定に出勤日数や時間が直接反映されていない場合(例:勤続年数などで一律決まる場合)であっても、実態に即していれば、従事した日数や時間数で按分して計算しても差し支えありません。
3. 具体的な算定例
例えば、現場作業と事務所での日報作成などを兼務しており、1日の労働時間(8時間)のうち1時間を事務所業務に充てている場合、その労働者に支払われた賞与総額の「8分の1」を、事務所等労災の算定基礎(賃金総額)に含めることになります。
4. 証跡の管理
これらの按分計算を行うにあたっては、日報や出勤簿などの資料に基づき算出することが求められます。客観的な資料がない場合は「推算」も認められますが、その根拠が合理性を欠かないよう、今後は日報等への記録と5年間の保管が指導されています。
さらに、自社に加工場を有し、恒常的に木材や金属の加工を行っている場合、業種区分が「その他の各種事業(94)」ではなく「製造業(44や54)」と判断される可能性があります。
製造業と判断されれば、保険料率が大きく変動するため、事前の業種精査が不可欠です。
自社に加工場を保有している建設業者の場合、労災保険の適用関係は「その加工場が継続的に運営されているか」や「製造業としての実態があるか」によって大きく異なります。主な注意点は以下の通りです。
5. 「製造業」としての事務所等労災の成立
建設工事の期間とは関係なく、一定期間継続して自社の工場・加工場で製作や加工を行っている場合、その実態は「製造業」とみなされます。
• 個別保険の必要性: この場合、元請の現場労災(有期事業)とは別に、自社で「製造業」としての「事務所等労災(継続事業)」を成立させる必要があります。
• 適用業種の決定: 労災保険率は、その加工場の主たる業態に基づいて決定されます。例えば、金属製品の加工を継続的に行っていれば「金属加工業(業種:54)」、木材加工場を有していれば「木材加工業(業種:44)」などの料率が適用されます。
6. 保険料算定の対象となる賃金の切り分け
加工場が「製造業」として認められる場合、保険料の算定基礎となる賃金の扱いに注意が必要です。
• 現場労災(元請)に含めない: 元請工事の完成に必要な部材の製作・加工であっても、自社の加工場で行う作業に係る賃金は、元請の現場労災には含めず、自社の「事務所等労災(製造業)」に含めて申告します。
• 算定対象賃金の範囲: 以下の賃金総額を算出して算定基礎とします。
1. 資材置き場の整理など「特定の工事現場に付随しない業務」に従事した労働者の賃金。
2. 製造・加工作業に従事した労働者の賃金(元請工事のための製作・加工分を含む)。
7. 事故発生時の補償関係
加工場での作業中に事故が発生した場合、適用される保険は加工場の実態により判断されます。• 自社保険の適用: 加工場が「製造業」として継続的に事業を営んでいる場合、そこで行われる加工作業中の負傷は、元請の現場労災ではなく自社の「事務所等労災」の保険関係によって補償を受けます。
• 現場労災が適用される例外: 一定期間継続することなく、特定の元請工事のたびに一時的に製作・加工作業を自社で行っているに過ぎない場合は、「製造業」とは認められず、元請の現場労災が適用されることになります。
8 複数の元請工事を同時に扱う場合
自社の加工場で、複数の元請工事に必要な資材の製作・加工を同時に行っている際に負傷した場合は、その加工場が「製造業」として成立していれば、原因となった工事の特定に関わらず自社の事務所等労災が適用されます。一方で「製造業」に該当しない場合は、災害の起因物を特定し、どの元請工事の保険を適用するか判断することになります。
9. 事務組合委託時の留意事項
労働保険事務組合に委託している場合、既に「継続事業(末尾0)」を有しており、その加工場が事務所と組織的に一の事業と判断できるのであれば、別途「事務所等労災(末尾6)」を成立させる必要はありません。その場合、加工場の主たる業態に基づいた業種(販売が主なら98、加工が主なら製造業の料率など)で一括して判断されます。
今後は、労働局による「算定基礎調査(算調)」が強化されます。
行政は保険給付データと保険料申告データを照合し、不自然な乖離を特定する手法を導入する予定です。
日報等の資料は「5年間」の保存義務があるため、今すぐエビデンスを残す体制へ移行しなければなりません。

第5章: 経営者のリスクマネジメント:未手続の代償と特別加入の罠
手続きを怠った状態で事故が起きた場合、つぎのとおり、会社は再起不能なダメージを受ける可能性があります。
・恐怖の「費用徴収」制度(労災法31条1項1号)
事務所等労災の成立届を出さずに、倉庫作業中に怪我をさせた場合、遡及して保険料を徴収されるだけでは済みません。
国が支払った労災給付額の全部または一部(最大100%)を事業主から直接徴収する「費用徴収」が適用されます。
重篤な事故であれば、数千万、数億円規模の負担が会社にのしかかるのです。
・中小事業主の「特別加入」における死角(100日ルール)
経営者自身が現場の労災(末尾5)に特別加入していても、事務所等労災(末尾6)の手続きをしていなければ、事務所での作業中の事故は1円も補償されません。
さらに、重要な制約があります。「特定の工事現場に付随しない業務に従事する日数が年間100日(見込み含む)未満」の場合、事務所等労災の特別加入は承認されません。
・建設業経営者が今すぐ取るべき3つのアクション
1. 「末尾6」の有無を即確認: 自社に「事務所等労災」の番号があるか、労働保険番号を確認してください。
2. 業務実態の棚卸し: 現場作業員が「土場整理」や「除雪」を行っていないか、実態を正確に把握してください。
3. 専門家への相談: 複雑な賃金按分、製造業への業種変更の要否、特別加入の適正化は、専門的な知見なしでは困難です。
会計検査院の指摘は、いわば「行政による総点検の開始合図」です。
適正な労災保険の運用は、単なる法遵守ではなく、予期せぬ巨額損失から会社を守る「戦略的投資」に他なりません。
hは、この複雑な制度を紐解き、貴社の経営を守るパートナーとして、迅速かつ的確なサポートを提供いたします。
手遅れになる前に、まずは現状の点検から始めてください。
最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
渋谷の社会保険労務士の高山英哲でした。
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