渋谷の社労士です

高山英哲こんにちは、高山英哲です。

2026年は2月最後の投稿です。今回ももワクワクします。。

現代の企業経営において、デジタル・トランスフォーメーション(DX)は単なる業務の置き換えではなく、市場における生存戦略そのものです。

しかし、人事労務の現場では、依然として「書面交付原則」というアナログな制約が、企業の生産性向上を阻む巨大な壁として立ちはだかっています。

特に労働条件通知を巡る法的規制は、テクノロジーの進化と実務の要請から大きく乖離しており、経営スピードを著しく減退させています。

今回のレポートでは、DX推進に精通した特定社会保険労務士の視点から、経団連の最新提言や最新のHRテックが担保する法的妥当性を整理し、企業が今取るべき戦略的アクションを解説します。

 


第1章:労働条件明示の現状とデジタル化への潮流

 今日の事業活動において、ペーパーレス化やAI活用による自動化は当然の前提ですが、日本の労働法制は依然として「紙」を最優先とする伝統的な価値観に縛られています。

このアナログな制約は、もはや法的保護の域を超え、企業の戦略的機敏性を奪う「デジタル・デバイド」を引き起こしています。

1. 現行制度の整理と「アナログな制約」

労働基準法第15条第1項および労働基準法施行規則第5条第4項に基づき、労働契約締結時の労働条件明示は、現在も「書面交付」が原則とされています。

2019年4月の規制緩和により、電子メールやSNS、FAX等による明示も認められるようになりましたが、これには「労働者が希望すること」という極めて高いハードルが前提条件として課されています。

2. 規制緩和後の実態と残された課題

電子メール等が解禁されたとはいえ、実務上の負担はむしろ複雑化しています。

使用者は労働者一人ひとりに対し、電子化の希望を個別に確認し、さらに紛争防止の観点からその承諾の記録を厳重に保存しなければなりません。

この「個別の希望確認・記録保存」という工数負担は、数百名、数千名規模の採用を行う企業にとって、DXの恩恵を打ち消すほどの影響を与えています。

現場の視点からは、この制度はもはや「労働者保護」ではなく、単なる「行政の遅れ」による過剰な事務負担と化しているのが実情です。

3. 公式情報:厚生労働省 兵庫労働局:労働契約等・労働条件の明示

https://jsite.mhlw.go.jp/hyogo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/_79883/roudou_keiyaku.html

この現行制度の限界に対し、日本経済の中枢である経団連からは、パラダイムシフトを求める強力な提言がなされています。

第2章:経団連が提言する「電子交付原則化」の全貌

2026年2月16日、日本経済団体連合会(経団連)は「労働条件の明示方法の見直し」に関する提言を発表しました。


これは、日本企業の国際競争力を高めるための「歴史的パラダイムシフト」への要求です。

1. 提言の核心:「書面 > 電子」から「電子 ≧ 書面」へ

経団連は、今日の事業活動と法令の深刻な乖離を指摘し、電磁的記録を書面と同等の位置付け、あるいはそれ以上の標準(デフォルト)とする法整備を強く求めています。

2. 具体的な要望事項の分析

• デフォルト設定の変更(みなし承諾の導入): 労働者からの個別の希望を待つのではなく、「使用者が定める期限までに特段の申し出がない限り、電子交付とする」仕組みへの転換。

• 事業場単位の柔軟化: 労使協定の締結を条件に、事業場単位で電子明示を標準化し、個別の希望確認プロセスを不要とすること。

3. 期待される効果:企業競争力とSDGsへの影響

この改革が実現すれば、e-文書法に基づく電磁的保存と合わせ、契約から保存までの一連のプロセスが完全にデジタルで完結します。これは単なる事務コストの削減に留まりません。

• 生産性の向上: 郵送・回収・ファイリングに要していた膨大な人時を、より付加価値の高い人材開発や組織戦略へと転換できます。

SDGsへの貢献: ペーパーレス化による環境負荷低減、および事務負担軽減による「働きがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)」の実現に直結します。

しかし、こうした合理的提言にもかかわらず、労働法分野は他の法体系と比較して著しく立ち遅れています。

 

第3章:なぜ労働法だけが遅れているのか?他法制との比較分析

日本の法体系全体を俯瞰すると、労働基準法の「書面主義」がいかに特異な「リーガル・アイランド(法の孤島)」と化しているかが明白になります。


法律別・電磁的方法の扱い比較

法律名
手続内容
電磁的方法の扱い
根拠条項
「みなし承諾」の運用
フリーランス法
業務委託内容の明示
書面または電磁的方法(対等)
第3条第1項
不要(発注側の選択で可)
労働安全衛生法
SDS(安全データシート)通知
文書または電磁的方法
第57条の2第1項
不要(閲覧可能なら可)
所得税法
給与明細の交付
承諾があれば電子化可能
第231条第2項
あり(期限までに回答なき場合)

「みなし承諾」の合理性と労働法への適用

特に所得税法において認められている「期限までに回答がない場合は承諾とみなす」という運用は、実務上極めて合理的です。

国税庁がこれを認めている一方で、厚生労働省が労働基準法において「個別の能動的な希望」に固執し続ける現状は、法の整合性を欠いています。

経団連が求めている「みなし承諾」の導入は、労働法を現代のリーガルスタンダードに適合させるための不可欠な是正措置であると言えます。

第4章:電子契約・通知の法的有効性とセキュリティの正体

電子化に対する最大の懸念である「改ざんリスク」や「本人確認の脆弱性」は、現代のテクノロジーによって既に解決されています。

SmartHR等の高度なクラウドシステムが提供する法的担保の仕組みを詳しく見ていきます。

1. 電子署名法に基づく「推定効」の確保

電子署名法第2条および第3条は、適切な電子署名が施された電磁的記録は、書面の押印と同様に「真正に成立したものと推定(推定効)」されると定めています。

• 非改ざん性(第2条関係): 公開鍵暗号(RSA方式)とハッシュ関数(SHA-256)を用い、第三者機関発行の電子証明書を付与。署名後のわずかな改変も検知可能です。

• 本人性(第3条関係): 二要素認証(2FA)、登録メールアドレスへの通知、およびログイン時のパスワード確認に加え、操作時のIPアドレスやタイムスタンプを記録。これにより、本人が作成したことの証拠を高度に担保します。

2. 運用のベストプラクティス:Compliance by Design

システム上で「電子通知を希望するか」を選択させ、そのログを自動的に保存するプロセスを標準化することで、現行法下においても最高水準のコンプライアンスを実現できます。

これを「Compliance by Design(設計による法令遵守)」と呼びます。

技術的・法的な信頼性が確保された今、先行して電子化に踏み切った企業は劇的な成果を上げています。

 

第5章:【事例研究】デジタル化がもたらした人事労務の変革

理論論を裏付けるのは、大規模な組織を動かす現実の成功事例です。

• 株式会社サッポロ(ドラッグストア/従業員3,500名規模): 労働条件通知の電子化解禁をいち早く取り入れ、雇用契約作業を従来の1/10に軽減。驚くべきは回収スピードで、作業開始日の翌日までに全体の50%の書類を回収し、完了までの期間を2週間も短縮させるという劇的な成果を収めています。

• 合同会社DMM.com(従業員1,800名規模): 社会保険から雇用契約まで「すべての重要書類がSmartHR上にある」状態を実現。書類の紛失リスクをゼロにし、従業員・担当者双方がいつでも書類を確認できる高度な管理体制を構築しています。

• 株式会社セクションエイト(従業員1,000名規模): 店舗展開を行う同社では、紙の郵送に伴う住所変更や不在返送、紛失リスクに苦慮していましたが、電子化により管理精度が飛躍的に向上。未対応者への即時督促機能により、コンプライアンス遵守が自動化されました。

退職者対応の優位性

電子化の隠れたメリットは、退職後のトラブル防止です。

退職者が自らシステムにログインし、過去の源泉徴収票や労働条件通知書を確認・出力できる仕組みは、人事担当者の問い合わせ対応を大幅に削減し、円満な離職管理をサポートします。

 

第6章:実務への適用ステップとこれからの展望

弊所のブログをご覧の皆様、および経営者の皆様が今すぐ取るべき戦略的スタンスを提示します。

1. 今すぐ実施すべき3つのステップ

• 現状フローの棚卸しと課題抽出: 採用から契約締結、通知、保管に至るまでのコストと郵送・紛失リスクを可視化してください。
• クラウド型人事労務システムの導入検討: SmartHR等、電子署名法に準拠し、IPアドレス等のエビデンスを自動蓄積できるシステムを基盤に据えてください。
• 確認プロセスの標準化: 現行法下での「電子明示を希望する」旨の確認フローをシステムに組み込み、将来の「みなし承諾」解禁を待たずとも効率化できる体制を構築してください。

2. 政府の最新回答と今後の予測

令和7年(2025年)5月22日の規制改革ホットライン回答において、厚生労働省は依然として「労働者の環境整備」を理由に慎重な姿勢を示しています。

しかし、経団連を筆頭とする経済界の強い要望により、議論は継続されており、デジタル庁の推進力も加わり、規制改革の波は止まりません。

3. 関連リンク

・内閣府:働き方・人への投資ワーキング・グループ

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2501_03human/260216/human06_agenda.html

• e-Gov:電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)

https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0000000102

結びに代えて:DXは経営戦略そのものである

労働条件通知の電子化は、単なるツールの導入やペーパーレス化の問題ではありません。

それは、従業員との契約関係という最も重要な接点において、アナログな不透明さを排除し、「透明性の高い信頼関係をデジタルで高度化する経営戦略」そのものです。

法改正の完全な完了を待つ「フォロワー」になるのではなく、現行法下で最高のテクノロジーを活用し、バックオフィスの付加価値を向上させる「フロントランナー」としての決断を期待します。

 

最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。

 渋谷の社会保険労務士の高山英哲でした。お客様皆様の声
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