渋谷の社会保険労務士です。

高山英哲こんにちは、高山英哲です。

2026年は2月2回目の投稿です。今回ももワクワクします。。

令和8年(2026年)4月1日、わが国の社会保険制度における「被扶養者認定」の仕組みが歴史的な転換点を迎えます。

これまで多くのパートタイム労働者やその雇用主を悩ませてきた「130万円の壁」に対し、政府は「労働契約」を軸とした抜本的な判定基準の整理を断行しました。

本ガイドでは、特定社会保険労務士の視点から、この改正が企業の実務にどのような変革をもたらすのか、そして経営層や人事担当者が取るべき戦略的アクションについて、ソースに基づいた正確な情報と共に徹底解説いたします。

 


第1章:制度改正の背景と「年収の壁」問題の本質

1. 労働力不足時代における「働き控え」解消の戦略的意義

現在、日本企業が直面している最大の経営課題は「深刻な労働力不足」です。特に2024年から2025年にかけて、物流や建設、サービス業を中心に人材確保の困難さは極点に達しています。こうした中で、能力のある短時間労働者が「社会保険料負担による手取り減少」を恐れて就業時間を抑制する「働き控え(就業調整)」は、企業にとって看過できない「戦力の損失」であり、日本経済全体の生産性を押し下げる構造的な障壁となってきました。

令和8年4月から施行される改正は、この「壁」を、単なる一時的な給付金や証明書で補填するのではなく、認定の仕組みそのものを「予見可能」なものに変えることで解消しようとするものです。企業にとっては、人材をフル活用し、成長を加速させるための戦略的布石となります。

2. 従来基準が招いていた実務上の不透明性とリスク

これまでの被扶養者認定は、「過去の収入実績」や「現在の月収」をベースに、将来1年間の収入を推認するという手法が取られてきました。しかし、この手法には実務上の大きな欠陥がありました。

例えば、繁忙期の突発的な残業代により、特定の月の月収が基準(月108,333円)を超えた場合、それが「恒常的」な増加とみなされるか否かの判断基準が保険者(健保組合等)ごとに異なっていたのです。

このため、従業員は「後から扶養を取り消されるかもしれない」という不安から、会社が最も人手を必要とする時期に残業を拒否せざるを得ない事態が発生していました。事後的な認定取消は、被扶養者本人に国民健康保険料の遡及支払いを強いる重いリスクとなっていました。

3. 「契約重視」への転換がもたらすメリット

今回の改正が目指すのは、「労働契約という約束」の尊重です。あらかじめ合意された契約内容に基づき判定を行うことで、労働者にとっては「契約の範囲内であれば、残業等で多少収入が増えても扶養は維持される」という確信が持てるようになります。企業側も、繁忙期に柔軟な労働時間延長を打診しやすくなり、また、複雑な「一時的な収入変動の事業主証明」を都度発行する事務的コストを大幅に削減できるメリットがあります。

4. 改正の全体像と実務のシフト

令和8年4月以降、実務の焦点は「過去の給与明細の集計」から「適切な労働条件の明文化」へと移ります。次章では、実務担当者が最も精通しておくべき「新判定基準」の具体的な数値を整理します。

 

第2章:令和8年4月からの新判定基準:労働契約重視へのシフト

1. 「実績ベース」から「将来の契約内容」へのパラダイムシフト

令和8年4月1日以降、給与収入のみの被扶養者については、判定の根拠が「労働契約内容に基づく年間収入」へと明確化されます。これは実務担当者にとって、過去の課税証明書や給与明細を遡る作業から、採用時や更新時の「労働条件通知書」を点検する作業へのシフトを意味します。

2. 新旧判定基準の徹底比較

改正前後の主要な変更ポイントを以下のテーブルに整理しました。
項目
令和8年3月まで(現行)
令和8年4月以降(改正後)
判定の主軸
過去実績、現時点の収入等から将来を推定
労働契約内容(労働条件通知書等)
所定外賃金(残業代)
原則として算定に含める
原則として含めない(※断定的な場合を除く)
判定時の必要書類
給与明細、課税証明書、事業主証明など
労働条件通知書等+給与収入のみの申立て

3. 対象別・年収要件の厳密な定義

年収要件の基準額自体に変更はありませんが、対象者の条件を正確に把握しておく必要があります。特に「19歳以上23歳未満」の判定には注意が必要です。

• 原則:年間収入 130万円未満

• 19歳以上23歳未満(配偶者を除く):年間収入 150万円未満
    ◦ ※年齢は、「扶養認定日が属する年の12月31日時点」で判定します。

• 60歳以上または障害者:年間収入 180万円未満

4. 「所定外賃金」除外の戦略的インパクトと「断定的」の解釈

今回の改正の目玉は、労働契約段階で見込み難い残業代を算定から除外することです。ここで重要になるのが「断定的」かどうかという視点です。労働条件通知書に「月10時間の時間外労働あり」と記載があっても、それが「業務の都合により発生する場合がある」という性質のものであれば、契約上の年間収入には含めません。ただし、あらかじめ一定額の「固定残業代」が契約で約束されている場合は、それは契約上の確実な収入として算定に含める必要があります。この「断定的ではない残業代」を切り離すことで、現場の機動力は格段に向上します。

5. 次章の予告:実務の現場で問われる「根拠書類」

基準が契約重視になるからこそ、その「契約」をどう証明するかが重要になります。次章では、具体的な計算式や必要書類の詳細を解説します。

 

第3章:実務における確認書類と臨時収入の取扱い

 1. 手続きの簡素化が求める「労働条件通知書」の精緻化

新制度では、給与明細の束に代わり「労働条件通知書」が認定の決定打となります。手続きが簡素化される一方で、通知書の記載が不備であれば、認定が滞るだけでなく、後に「不当な過小申告」とみなされるリスクを孕んでいます。

2. 実務の標準化:収入算出の「4.3週」ロジック

人事担当者が、労働条件通知書から月額・年額収入を算出する際、実務上の標準として以下の計算式を用いることが推奨されます。

基本給(月額換算)= 時給 × 週所定労働時間 × 4.3週

この「4.3週」という係数は、1年間の週数(約52.14週)を12ヶ月で割った平均値に基づいています。通勤手当や固定的な手当、そして「支給が確定している賞与(年○ヶ月分等)」も合算します。シフト制などで労働時間が変動する場合は、「週○日、1日○時間程度を原則とする」といった具体的な記載が必要です。

3. 「臨時収入」と「社会通念」の解釈、そして保険者の権限

認定後に、想定外の賞与や一時金(インセンティブ等)により、結果として130万円を超えた場合、それが「社会通念上妥当な範囲」あれば、直ちに認定は取り消されません。 しかし、ここがコンプライアンスの勘所です。保険者(健保組合等)は、実際の収入との乖離を確認するために、勤務先発行の収入証明書や課税証明書の提出を求める権限を有しています。もし「最初から高額な賞与が分かっていたのに、意図的に契約書を低く作成していた」と判断されれば、遡及取消の対象となります。

4. 「給与収入のみ」という大前提の罠

今回の「契約ベースへのシフト」は、あくまで「給与収入のみ」の被扶養者に限定されます。以下の収入がある場合は、従来通り「実績ベース」の確認が継続される点に細心の注意を払ってください。

• 公的年金収入(通知書の写しが必要)
• 事業収入・不動産収入(確定申告書の写しが必要)

雇用保険の失業給付(受給資格者証が必要)

5. 次章の予告:企業が直面するリスクと具体的な行動

書類上の不整合が招くリスクを最小化するために、企業が具体的にどのようなタスクをスケジュールすべきか、次章で整理します。

第4章:企業が取るべき具体的アクションとリスク管理

1. 改正を「守り」から「攻め」のHR施策へ

令和8年4月の改正は、単なる事務フローの変更ではなく、社内の「働き方のルール」を再定義する機会です。人事担当者は、従業員の不安を解消し、モチベーションを高めるための社内広報を展開すべきです。

2. 「被保険者の雇用主」としての対応チェックリスト

自社の社員が家族を扶養に入れる際、人事部は以下のステップを踏む必要があります。

• 社内案内・様式の改訂: 「契約の範囲なら残業しても扶養は外れない」という安心感を周知。申請書には「給与収入のみ」の申立て欄を設ける。

• 1年以上前の通知書への対応(戦略的推奨): 提出された労働条件通知書が1年以上前のものである場合、最低賃金改定や昇給が反映されていない可能性が高いです。これは法的義務ではありませんが、実務上のリスクヘッジとして、古い通知書の場合は直近3ヶ月の給与明細を併せて確認し、契約と実態の乖離をチェックすることを強くお勧めします。

3. 「被扶養者の雇用主」としての対応チェックリスト

自社でパート・アルバイトを雇用している場合、他社の扶養に入っている彼らのために以下の配慮が求められます。

• 労働条件の明文化(労働契約法3条2項への適合): 「シフトによる」という曖昧な記載を避け、可能な限り具体的な労働時間数を記載します。

• 実態に即した契約更新: 週2日契約なのに週4日勤務が常態化している場合、それは「一時的な変動」ではなく「契約内容の不備」です。実態と乖離した形式的な契約書を発行し続けることは、従業員に遡及取消という甚大な損害を与えるリスク(国民健康保険料等の遡及負担)を伴います。

4. 遡及取消リスクの重大性

万が一、意図的に賃金を低く記載したと判断されれば、認定は遡って取り消されます。従業員は数年分の社会保険料を一度に請求されることになり、これは企業への深刻な不信感に直結します。定期的な契約見直しと実態確認こそが、最大の防御となります。

5. 次章の予告:さらに大きな視点「社会保険適用拡大」との連動

最後に、この130万円の壁の改正が、今後さらに進む「社会保険適用拡大」の中でどう位置づけられるかを解説します。

 

第5章:社会保険適用拡大と「年収の壁」の未来

1. 社会保険適用拡大という大潮流の中の「中継点」

今回の改正は、政府が推進する「全世代型社会保障改革」の一環です。長期的には、すべての働く人が「扶養」という概念から離れ、自ら被保険者として手厚い保障を受ける方向へと進んでいます。今回の改正は、その過渡期において「予見可能性」を担保することで、無理な就業調整を解消するための重要なステップです。

2. 「収入の壁(130万円)」と「時間の壁(週20時間)」を峻別せよ

従業員に対し、以下の2つの基準の違いを明確に説明することが、プロフェッショナルな人事の役割です。

• 収入の壁(被扶養者の基準): 年間収入が130万円(150/180万円)未満か。判定は「労働契約」に基づく(今回の改正対象)。

• 時間の壁(自身が被保険者となる基準): 社会保険適用拡大の基準。週の所定労働時間が20時間以上であるか等。判定は「労働時間」に基づく。

「扶養から外れるかどうか(収入の問題)」と「自分が社会保険に入るかどうか(時間の問題)」は別物ですが、実態として週20時間以上の勤務が2ヶ月連続し、今後も続く見込みであれば、収入額にかかわらず勤務先で被保険者となります。

3. 行政官庁へのリンク集(最新情報の確認)

正確な実務判断のために、以下の厚生労働省資料を常に手元に置いてください。

• 厚生労働省通知:労働契約内容による年間収入が基準額未満である場合の被扶養者の認定における年間収入の取扱いについて

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T251006S0060.pdf

• 厚生労働省Q&A:労働契約内容による年間収入が基準額未満である場合の被扶養者の認定における年間収入の取扱いに係るQ&Aについて
https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T251006S0070.pdf

4. 弊所からの助言

令和8年4月の改正は、企業にとって「労働力を解放する」絶好のチャンスです。

しかし、そのためには「労働条件通知書の正確な作成」と「実態との整合性」という、基本かつ重要なタスクが求められます。

制度は今後もアップデートされ続けます。単なる法令の受動的な遵守に留まらず、従業員が自身のキャリアを主体的に選択できる環境を整えることこそが、これからの時代に選ばれる企業の条件です。

弊所では、規程の改訂から従業員への説明まで、戦略的な社会保険実務を全力でサポートしてまいります。

 

最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。

 渋谷の社会保険労務士の高山英哲でした。お客様皆様の声
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