医師の年俸と時間外手当(残業代)を最高裁判例,労働基準法から考察する

働き方改革といえば長時間労働削減。課題は山積みだ。

切っても斬れ離せない事案であろう。私の顧問先では改革に向けて、動き出すしている会社が少なくない。

そんな中で気になる判決があった。医師の高額年俸に残業代を支払うか、否かの事案だ。医師の残業代ゼロといった、記事などを目にすることもある。

もちろん、医師の賃金を年俸制で支払っているとしても、時間外手当は時給ベースで算出し、残業時間に基づき、残業代を支払う必要がある。

労働者である研修医だって同じだ。

医師の給与が年俸だから、残業代を支払う義務がないといった考えは誤りだ。

これは様々な残業代の判例をみても、あなたは理解できるだろう。医師だって労働者である以上、労働基準法は適用される。だから、時間外手当(残業代)を支払う必要がある。

あなたの会社は、どうだろうか。

給与は年俸制で残業代の支払い有無の結論を先送りにしている、このブログを読んでいるあなたの中にいるかもしれない。

きっと労働時間の運用で悩ましい課題を抱えている経営者、人事担当者もいるだろう。

そこで今回は、私とあなたで、「高額年俸」の従業員について、残業代を支払うか、否かについての答えを、みつけていくこととする。

  医療法人社団A事件 
審判最高裁判所
裁判所名最高裁判所第二小法廷
事件番号平成28年(受) 222号
裁判年月日平成29年7月7日
裁判区分判決
全文医療法人社団A事件(最高裁判所第二小法廷,平成29年7月7日)PDF(Adobe Acrobat)
根拠条文労働基準法 第37条 逐条解説(コンメンタール)時間外、休日及び深夜の割増賃金
根拠条文労働基準法 第41条 逐条解説(コンメンタール) 労働時間等に関する規定の適用除外

1 年俸制の正体、その姿を理解する【ファーストステージ】

医師の給与は年俸だった。ここからはまず年俸制の正体から、あなたと共に考察していく。

そもそも年俸制とは何か。

端的に言えば「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標の達成度を評価して年単位に設定する制度」のことである。導入企業は外資系、大手企業が多い。

とはいえ小規模でもIT系で導入してる会社は少なくない。理由は成果基準が明確な業界だからだろう。

こうした企業における年俸制の実態の多くは、金融業等における一部の高度に専門的かつ高収入の場合を除き、成績に応じて毎年著しく変動する形ではなく目標管理の方法で、年俸制の対象者に目標を設定している。

どうして、年俸制が、ここまで導入されているのか?

なぜなら、年度ごとににその達成度を評価して、翌年の目標と年間の賃金を定めることができる制度が確立しているからだ。

さらに、適用対象者を部課長等の管理職に限定したり、あるいは係長等の下級職制まで広げたり、さらには一 般社員まで拡大するうごきもある。

年俸制の登場は、労働者の業績を賃金に反映させようとする考えに基づくものであり、その考え自体は能力主義的といえる。

そうしたことで労働基準法との整合性を十分検討しないでの導入が多い。

よって時間外割増賃金の支払いの有無、運用方法など深刻問題が発生しているといえる。

2 高額年俸制なら残業代の支払義務は免除、適用除外なのか、を理解する【セカンドステージ】

残念ながら、年俸制導入企業は多くの深刻な問題を抱えているが、自ら解決策を見出していない。

断固たる決意をもって労働基準法の課題を解決に向けて実行する力を失っているのが現状がある。

では労働基準法では高額の年俸制なら残業代を支払う義務はないのか。

企業は社員に年俸制を適用する場合、あらかじめ設定した目標を達成するため社員が残業をしても、その労働は総年俸額に含まれていると認識している。

とはいえこの認識は、少なくとも管理監督者(労基法41条2号)でない社員については労働基準法と整合しない。

つまり年俸制それ自体には、法定時間外労働の割増賃金(労基法37条)を免除する効果はない。

加えて労働基準法では賃金が年俸制の場合、残業代の支払いが適用除外とするといった条文はない。

さらに高額、低額を問わず年俸制の者に対して残業代を支払う必要がない、といった条文もない。

つまり年俸制であっても社員が管理監督者(労基法41条2号)ないし裁量労働制の要件を満たさない限り残業代の支払い義務は免れないということだ。

 

3 固定残業代を支払う!絶対に忘れてはいけない明確区分の『本質』を知る【サードステージ】

あなたは高額な年俸制であっても、残業代を支払う必要があることは、理解できた。

一方、固定額で残業代を支払うということは何か。

この答えは、ズバリ!残業代を含めて年俸額を設定するということだ。

これに関する行政通達がある。早速チェックしてみよう。

「年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであって、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている場合は労働基準法第37条に違反しないと解される(中略)なお、年俸に割増賃金を含むとしていても、割増賃金相当額がどれほどになるのかが不明であるような場合及び労使双方の認識が一致しているとは言い難い場合については、労働基準法第37条違反として取り扱うこととする」(平12. 3. 8 基収78)。

つまり、年俸額のうち基本給と固定残業代の部分が区分されその額が明確になっていれば残業代を含む年俸額の設定は可能である。

ここが固定残業代の本質な箇所である。大切なことだ!絶対に忘れないでほしい。

したがって明確な区分がされた場合、固定残業代の額に達するまでは残業代は別途支払う必要はないということだ。

当然、実際の時間外労働から算定した残業代が『年俸額に含まれる固定残業代』を上回れば、その差額を支払うことになる。

4 こっそり教える 年俸額「基本給」と「固定残業代」の設定と確認方法 【フォースステージ】

あなたはサードステップをクリアーした。これで知識、考え方、本質を習得できた。早速、具体的な算出の方法をみていこう。

年俸額の「基本給」と「固定残業代」の設定方法はこうだ。

 

4-1 年俸額、所定労働時間、1ヶ月の平均所定労働時間の具体例

●年俸額:15,000,000円
●1日の所定労働時間:8時間
●1ヶ月の平均所定労働時間数:160時間
(365日ー125日(年間所定休日)=240日。240日×8時間÷12ヶ月=160時間)
●固定残業代(時間外労働時間数):30時間

 

4-2 計算方法

●年俸の1か月分:1,250,000円
(年俸額15,000,000円÷12ヵ月= 1,250,000円)

●基本給:    1,012,659円
(1,250,000円÷197.5時間(160時間+30時間×1.25) =6,329.1139…円)
(6,329.1139…円×160時間= 1,012,659円(端数処理※1円未満切上げ))

●固定残業代:   237,341円(時間外労働時間数30時間)
(1,250,000円ー1,012,659円=237,341)

計算方法のとおり年俸の1か月分の内訳は「基本給」が1,012,659円である。そして[固定残業代]は237,341円となる。「基本給」算出は小数点以下を切り上げている。

これは労働基準法の割増賃金算定で労働者が不利にならないようにするためだ。237,341円が固定残業代の何時間分に相当するのかを最終確認としてチェックをすると、次のとおりだ。

 

4-3 最終確認、チェック方法

1,012,659円÷160時間(1ヶ月の平均所定労働時間)=6,329円(6,329.1187…円≒6,329円:1時間あたりの賃金額)

6,329円×1.25=7911.25円(1時間あたりの固定残業代額)

237,341円÷7911.25円=30時間(30.00044..時間≒30時間:固定残業代における時間外勤務の時間数)

 

4-4 押えておきたい、2つの確認ポイント

あなたは年俸額「基本給」と「固定残業代」の設定と確認方法を理解した。加えて絶対に忘れてはならないことがある。

それは何か。押さえておきたいのは、この2点だ。

①基本給、固定残業手当額は就業規則(賃金規程)、労働契約書、給与明細書などで明示をしておくこと。

②残業が月30時間を越えた場合は、差額の残業代を支払うこと。

 

4-5 判例から学ぶ、テックジャパン事件

定額残業制は「一定額」の支払いが「割増賃金の支払い」として認められなければ意味が、ない。

否定されたら、どうなるか?

答えは、実にシンプルだ。

それまで割増賃金を支払っていなかったことになる。よって、あらためて割増賃金を支払わなければならない。

さらに、その割増賃金の算定基礎にその一定額分(定額残業手当【額】)を含めることになる。

したがって、恐ろしいことに、膨大な割増賃金の支払いを余儀なくされることも珍しくない。

定額残業代の判例では、テックジャパン事件(最高裁一小 平24. 3. 8判決 労判1060号5ページ)の櫻井龍子裁判官の補足意見が参考になる。

同意見は、労働基準法が時間外労働の時間数およびそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを要請している。

定額残業制を導入する場合の要請は、次の3点である。

①労働契約上、一定時間(例えば10時間分)の割増賃金の支払いが算入されていることが明確であること。

②支給対象の時間外労働の時間数と割増賃金の額を明示して支給していること。

③一定時間を超過した労働には別途上乗せして割増賃金を支払うことが明らかでなければならないこと、が述べられている。

定額残業代に対しての厳しい判例

 

5 医師の職業上の特性と働き方改革の本質

最後に判決にふれることとする。

一審の横浜地裁判決は「生命に関わる医師の業務」には、労働時間に応じた賃金支払いはなじまない。ゆえに高額な年俸に残業代が含まれるとみなしても不合理ではない」と判断した。

同じように二審東京高裁も支持していた。

しかしながら最高裁第2小法廷、小貫芳信裁判長は「時間外賃金は通常の賃金と明確に区別できなければならない」とバッサリ言いきった。

え。。違うでしょ、って。

つまり最高裁の考えはこうだ。

「時間外賃金と通常の賃金は区別は「あやふや」、よって1,700万円のうちの残業代に当たる部分を判別できないでしょ!」。

この理由で高裁判決を破棄し、審理を差し戻し未払い分の残業代について改めて審理することとなった。

したがって医師の職業上の特性から「年俸に残業代を含む」の考え方の見直しは不可欠である。なぜならば働き方改革をふまえ労働時間を厳格に適用する流れを止めることは無理だから。

以上述べたとおり、今後勤務医の働き方の議論に影響を与えることは間違いない。


あなたの会社の、改善の一助になれば幸いである。

最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

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裁判所名最高裁判所第二小法廷
事件番号平成28年(受) 222号
裁判年月日平成29年7月7日
裁判区分判決
全文医療法人社団A事件(最高裁判所第二小法廷,平成29年7月7日)PDF(Adobe Acrobat)
根拠条文労働基準法 第37条 逐条解説(コンメンタール)時間外、休日及び深夜の割増賃金
根拠条文労働基準法 第41条 逐条解説(コンメンタール) 労働時間等に関する規定の適用除外

渋谷の社会保険労務士の高山英哲でした
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